カトリック本郷教会 > お知らせ > 岡田前大司教メッセージ > イエスの福音への招き「教会の母聖マリア」
2020年06月01日
2020年6月1日(月)
イエスが昇天した後、弟子たちと女性たち、イエスの母マリアは「高間」に集まり、聖霊が降るよう熱心に祈っていた。
「彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。」
聖霊降臨が行われたのはこの「高間」であったという解釈がみられる。(フランシスコ会訳聖書の該当箇所、使徒言行録1・13の注を参照。)
ともかく、この一節から教会の誕生にイエスの母マリアが深くかかわっていたことが窺われる。
「イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、『婦人よ、御覧なさい。あなたの子です』と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。」
愛するわが子が十字架刑という残酷な最期を遂げる様子を目の当たりにした母マリアはどんな気持ちで十字架のもとに立っていたことだろう。
マリアはイエスの苦しみに最も深く関わり、苦しみを共にした人であったといえよう。
この意味で、マリアはイエスの救いの御業の最も近い協力者であり、その結果生まれた教会の母であるといえる。
第一朗読:使徒たちの宣教(使徒言行録1・12-14)
(イエスが天に昇られた後、)使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。
彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。
(または、創世記3・9-15、 20)
福音朗読:ヨハネによる福音書(ヨハネ19・25-34)
(そのとき、)イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。 イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。
この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。 そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。
イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。
その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。
そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。
しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。