2018年05月01日
ヨハネ・マリア・ビアンネ 浦野 雄二神父 (本郷教会小教区管理者)
3月31日、本郷教会での復活徹夜祭を終え、車で大司教館に戻りました。途中、いくつかのプロテスタント教会の前を通りました。しかし、どの教会も扉は閉じられていました。考えてみると、プロテスタント教会には「聖なる過越の三日間」の典礼がないのかもしれません。プロテスタント教会でも、復活の主日の礼拝は盛大に祝われたことでしょうが。ちなみに正教会の今年の復活祭は、4月8日でしたので、午前零時から御茶ノ水のニコライ堂では、正教会の典礼で主の復活が盛大に祝われたことでしょう。
『典礼暦年の一般原則』という教会の文書には、「主の受難と復活からなる聖なる三日間は、全典礼暦年の頂点として輝きを放っている」(18)「聖なる三日間は、主の晩餐のミサに始まり、その中心を復活徹夜祭におき、復活の主日の『晩の祈り』で閉じる」(19)と表現されています。
実際、聖なる三日間の典礼は見事に構成されています。復活の主日も含めると4日間、教会に通うことになるので、全体にわたって典礼に参加するのは、難しいかもしれません。しかも今年のように完全に年度末と重なるような場合は、難しい方々もいらっしゃったに違いありません。現役世代の方、家庭がある方、夜に出かけるのは難しい方など、状況はそれぞれでしょうが、そのような方も毎日曜日の典礼をあらためて、大切にすることはできることです。主日の典礼は、聖なる過越の三日間全体が集約されて、展開されるものです。主の過越にあずかった者が集まって、喜びを分かち合い、それぞれの生活に戻っていく大切な典礼が、毎日曜日の典礼祭儀です。このことを、今年の聖なる過越の三日間の典礼で強く感じました。
本郷教会会報 『ケファ』 304号 巻頭言より