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[コラム]神が示した地

2024年06月09日

 パウロ 小池亮太神父(本郷教会主任司祭)

私が育った高円寺教会で出会ったのは、井出雄太郎師、西川哲弥師、稲川保明師、平原陽一師、寺西英夫師、幸田和生師という司祭たちでした。京都で一人暮らしを始めると教会から足は遠のきましたが、実家に帰った時は高円寺教会に顔を出していて、たまたまタイミングが合って寺西師と旅行していた時、「亮太、幾つになった?」と聞くので「二十三です」と答えると「そうか。神学校に入れる歳になったか」と言いました。その言葉をすっかり忘れていましたが、思い出したのは、その3年後に神学院の院長になっていた寺西師の前で「神父になりたい」と言った時でした。

田中隆弘師の推薦で、森一弘司教と養成担当の司祭との面接があり、東京教区の神学生として神学院に入学することになりました。司牧実習では、小川拓郎師、藤岡和滋師、藤井泰定師、マルコ・アントニオ師、岩橋淳一師にお世話になりました。

教区長が白柳誠一枢機卿から岡田武夫大司教になり、神学院の院長も寺西師から板垣勤師に代わって建物も新しくなった頃、私は自分の司祭召命に疑問を持つようになりました。そのことを岡田大司教に話すと「急いで決める必要はない。神学院の勉強をすべて終わらせてから、休学しなさい」と言われ、それをマルコ・アントニオ師に話すと「休学するなら、メキシコにあるグアダルペ宣教会の神学院で過ごしたらどうだ」勧められました。そして、このメキシコでの2年間が自分の司祭召命を確かめるための重要な時間となったのでした。

復学した神学院を卒業して、2005年に司祭に叙階されました。記念カードに「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい」(創12・1)という聖句を私は選びました。

最初に示された立川では、辻茂師、山本量太郎師、稲川圭三師から多くのことを教わりました。2008年に小岩に行くと大原猛師、フィリップ師、小林祥二師、柴田弘之師、2011年に町田に移ると福島一基師、安次嶺晴美師、2017年にやって来た小平では伊藤淳師、天本昭好師、といった司祭たちが近隣の教会にいて、共に働きました。

このように、多くの司祭と関わりながら歩んできましたが、その歩みにはいつも神の導きと計らいを感じてきました。そして、2024年に示された地は、関口と本郷だったのです。新たに示されたこの場所で何が待ち受けているのか…見てみようではありませんか。

(『ケファ』319号巻頭言)