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イエスの福音への招き 「大安心である」

2019年05月12日

復活節第4主日 世界召命祈願の日

 2019年5月12日(日) 本郷教会
第一朗読 使徒言行録13・14、43-52
第二朗読 黙示録7・9、14b-17
福音朗読 ヨハネ10・27-30

説教 

ヨハネの福音は永遠の命ということを強調しているように思われます。神は御子イエス・キリストをわたしたちのところお遣わしになりました。それは、御子イエス・キリストを信じる者が永遠の命に入るためであります。神のみ旨は、すべての人が救われること、すべての人が永遠の命を得ることでございます。

それでは今日の福音をご一緒に味わうように致しましょう。

今日の福音の中で「わたしは彼らに永遠の命を与える」と主イエスは言われます。そして、「彼らは決して滅びない。」「だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。」「だれも父の手から奪うことはできない」と、繰り返し言われている。天の父とイエス・キリストは一つであるとはっきりと言われています。父の望むことはイエスが望むこと、イエスの行うことは父がお望みになることであります。

そして、父も御子も、同じことを、すなわち、すべての人が救われることを望んでいる。すべての人の救いということが強調されていると思います。そして、イエスは、すべての人が救われるために遣わされた「良い牧者」であります。

すべての人が救われるために、牧者は自分の命すら惜しまない。事実、イエスはすべての人の救いのために命を捨てられ、十字架に架かってくださったのでありました。イエスは命がけでわたしたちの「命」を守ってくださるのであります。

この命を、ヨハネの福音は「永遠の命」と言っています。わたしたちの地上の生命には終わりがありますが、「永遠の命」とは、天の父のもとで永遠に安らぎ、すべての天使、聖人と一緒に神に感謝し、神を賛美することのできる、そういう状態に入ることではないでしょうか。今日のヨハネの黙示がその様子を伝えています。

使徒言行録における宣教はすべての人を永遠の命に導くという、そこを目指す宣教でありました。

さて、きょうの福音で、さらに「アレルヤ唱」でも言われておりますが、「わたしは良い牧者、わたしは羊を知り、羊はわたしを知っている」。牧者と羊の間には、非常に親しい交わりがあるべきであります。イエスの羊になれば、イエスはその羊をだれにも奪われないように守り、導いてくださる。「わたしは良い牧者である。羊のために命を捨てる」、そう言われております。そして、「羊は牧者の声を聞き分け、牧者に従う」のであります。「聞き分ける」というように訳されていますが、これは良い日本語です。羊は牧者の言うことを「聞き分ける」のであります。牧者でない人のいうことは聞かないわけですね。この「聞き分ける」ことが求められているのです。そして、聞いて、従うことが求められている。

聞き従えさえすれば、どんなことがあっても牧者は命がけで羊を守ってくださるので、もう「大安心」であるというメッセージではないでしょうか。

わたしたちは牧者に導かれる羊であります。牧者が何を言ってくださるのか、毎日聞き分けながら、しかし、安心して、牧者に聞き従うようにしたいものである。

きょうは、「世界召命祈願の日」であります。「召命」とは、自分に向けられた神の呼びかけを聞いて従うことなのです。特に、若い人に自分の召命について考えていただきたいという日であります。

神の声に聞き従うということは、場合によっては「冒険」であり、「勇気が必要」である。しかし、人生にはリスクが伴うわけでありまして、自分のすべてを神様にお委ねする人生は本当に素晴らしい人生ではないかと思います。

もう、若くないわたしたちであっても、残された人生は貴重であります。与えられた年月をすべて神様に委ねて生きることができますよう、祈りましょう。

岡田武夫名誉大司教説教集ブログより転載しています。
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