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[コラム]現代において神は信じられるのか?

2019年01月27日

ペトロ 岡田 武夫 名誉大司教(本郷教会協力司祭)

皆さん、新年おめでとうございます。

新年の挨拶にかえて、今わたくしが考えておりますことを少し申し上げます。それは、わたしたち教会が主イエスから受けた「宣教・福音化」の使命についてであります。

わたくしは信者になって以来、この課題をずっと考えてきました。はたして現代、宗教は信じられるでしょうか?

「宗教はなぜ必要なのか」という表題の著書があります (島田裕巳著『宗教はなぜ必要なのか』(集英社インターナショナル・2012年)。「キリスト教は役に立つか」という表題の本も出されています (來住英俊著『キリスト教は役に立つか』新潮選書・2017年)。 他方、「神を信じないクリスチャン」を自称する著名な聖書学者がいます (大阪女子大学名誉教授・田川健三氏)。宗教の衰退が識者によってさまざまに論じられています。現代人にとって宗教は意味のある存在でしょうか?

非常に世俗化の進んだ現代日本において、はたして「神」を信じるということは可能でしょうか? 信じるためにはどんな困難があるのでしょうか?

そもそも神は存在するのでしょうか? 神が存在するとはどういうことでしょうか?「神」とは何でしょうか?

現代の状況と環境を考えると、あらためてそのような問題、疑問、課題に、一宗教者、一キリスト者として応えること、ささやかな試論を試みることが大切であり、自分の責務だと考えるに至りました。この課題を多くの方々と共に考え分ちあいたいと願い、目下拙著発行を準備中です。上梓の暁にはぜひ皆さんにお読みいただきたいと思います。

神の存在を信じ、イエス・キリストを救い主と信じる人々の集まりがキリスト教の教会ですが、その「教会」の過去と現在の姿を見て、人々は神の存在とキリストを信じることについて違和感はないでしょうか? あるとすればどんな問題、どんな疑問を感じているのでしょうか? イエス・キリストはどのように生き、どのようにして自分の弟子たちを教育したのでしょうか?

カトリックの司祭、司教としてわたくしが最も重要と考えてきた課題は、「如何にすれば、人々の日々の暮らしとキリスト教のメッセージ、聖書の言葉、教会の教えを接触させ、結びつけることができるのか」ということでした。人はこの世に生を受け、人生の歩みを重ね、そして死という厳粛な事実に出会い、その間、数々の苦難を体験します。こうした一生の中で、イエスという人の存在と生涯はどのような意味を持ち、どのような支え、助けになり得るのか。

ナザレのイエスという人に多くの方々が出会い、人生の意味に何らかの光、意味を見出すための端緒を提供することができましたら、わたしたちにとってそれにまさる喜びはありません。

皆さんと聖書を読みながらこの課題に共に答えてまいりたいと存じます。2019年が皆さんにとって恵みと平和の年でありますよう祈ります。 

本郷教会会報『ケファ』307号 巻頭言より